城の魅力に取り憑かれて
城好きの知人(30代)が、リタイア後は全国の城を巡りたいと話すので、「日本にはどれぐらい城跡があるか知っている?」と、少々意地悪な質問をしてみました。答えを知った彼は、「今日から毎日回っても追いつかない」と絶句。1日1つの城を巡っても優に100年以上かかる計算になるのですが、その答えは…約4万!
しかし、この事実を知った方も落胆することはありません。4万というのは、今訪れるとただの山のように見える中世の城も含んだ数字です。日本の城は、99%以上が建物が残っていない中世の城です。城は戦乱の世、各地に軍事勢力が割拠する中で盛んに造られましたが、山の地形を利用した簡素な造りのものが多く、立派な天守や石垣はまだありませんでした。しかもそれらの多くは、戦火や落雷により元の姿をとどめていません。とはいえ、そうした城も戦乱の舞台だったなど歴史的意義が大きい場所が多く、城マニアは好んで訪れ、自らの足で歩いて測量し、「縄張図(城の区画図)」を作成するという喜びに浸るのです。
一般に「城」としてイメージされるのは、天守、櫓、石垣などが残っている場所でしょう。しかし、そうした「城のフルコース」がきれいに残っている場所は極めて希少であります。天守だけを見ても、兵庫県の姫路城などのように、築城当時の姿を残している天守(「現存天守」という)は、全国で12しかなく、それらは全て近世の城(近世城郭)です。12の現存天守以外の天守は全て、後世になって復元されたものです。
近世城郭の嚆矢は、織田信長が築城した安土城で、天守や高い石垣を特徴とします。天守という建物を最初に造ったのも信長なら、石垣を高く積み城内にめぐらせることを始めたのも信長です(石垣はそれまで寺院建築にのみ用いられていました)。さらに言えば、瓦などに金箔を施したのも、天守の屋根に鯱をあしらったのも、全て信長が先鞭をつけたことです。その革新性たるや、比肩する者はないと言っていいでしょう。
天下人・信長の出現により、戦乱の世は収束に向かいつつありました。以降、豊臣秀吉、徳川家康という三人の天下人が生きた時代は、城はすでに戦闘施設としての役割を終えつつあり、権力者が自らの権威を誇示するための道具に変容していきます。現在天守が残っている城は、実際に戦闘の場面になったことはほぼ皆無であり、結果として生きながらえたのです。したがって、それらは平和の象徴ともいえます。軍事施設でありながら、平和の象徴でもあり、しかも高い芸術性を持っている。城に人が惹きつけられるのは、そうした複雑な要素が絡み合った結果、他のどんな建築物も持たない唯一無二の雰囲気を醸し出しているからでしょう。
↑現存天守の中で最大の姫路城。遺構の多さでも突出しており、世界遺産にふさわしい堂々たる城郭。天守は今年(平成22年)4月12日より本格的な改修工事が始まるため、大天守などの入場が規制されます。見るなら今のうちです。
『サライ』4月号の取材で最初に訪れたのは、滋賀県の安土城跡。城の歴史を語るにあたっては、この城を知ることが全ての始まりだと考えたからです。
織田信長に謁見する際にここを訪れたポルトガル人宣教師・ルイス・フロイスが「ヨーロッパの最も壮大な城に比肩しうる」と賞賛したと伝わる天守は、天正9年(1579)に完成後、わずか3年余りで灰燼に帰します。入母屋造りの建物に望楼(物見台)を載せた天守は、それまで誰も目にしたことがない斬新な建築物でした。内部の壁は鮮やかな金碧障壁画で彩られていたと伝わります。歴史好きならずとも、誰しも一度見てみたかったと思うでしょう。
現在残るのは、天守台跡、本丸跡、大手道などです。天守台に至るメインストリートである大手道は、急な石段になっています(入り口で杖を借りることが可能)。大手道を登る道すがらに息が上がりそうになったのは、日頃の運動不足もありますが、それだけではありません。この場所が内包するあまりに大きな歴史の重さが私の躯に覆いかぶさり、抱えきれないと感じたからです。大手道の両脇には、羽柴秀吉、徳川家康が住んだとも伝わる邸宅跡があり、日本史上最大の歴史舞台と言っても過言ではない場所なのです。
人の気配もまばらな城内、清澄な空気の中に朗々と響く小鳥の声を聞くと、往時の隆盛は夢か幻かと、誠に不思議な心持ちにさせられるのでした。
↑安土城跡を抱く安土山を望む。人影もまばらな、のどかな田園風景だ。日本史に冠たる巨星・信長のイメージをそこに重ねるのは難しい。
さて、『サライ』4月号の巻頭対談では、芸能界きっての城好き・坂東三津五郎さんと、歴史学者の小和田哲男先生にご登場いただきました。お二人ともすっかり城好き少年のお顔になり、楽しそうにお話しされる様子を拝見し、こちらまで高揚した気分になりました。「ふたつと同じものがない、武将たちの知恵と工夫の足跡」「歴史の舞台に実際に立てることが魅力」などなど、お二人の口からは城の素晴らしさを表す言葉がいくらでも出てきます。愚問とは承知の上、お二人にお気に入りの城を3つずつ挙げていただきましたが、そちらは誌面をご覧ください。
今回の記事を担当して、すっかり城に魅せられた私が一番好きなのは彦根城(滋賀県)です。天守は決して大きくはありませんが、ぎっしりと意匠が凝らされており、品性を損なうことなく実にバランスよく収まっています。小粒でもピリリと辛い、格別な存在感を放つ粋な城です。
余談ですが、対談の折に「城好き人間を表す言葉はないか?」と話題になりました。歴史好きの女子は「歴女」と呼ばれ、その呼称がさらに歴史ブームを加速させている例にあやかりたいと考えたわけです。城好きの女子を称して「お城(じょう)ちゃん」というのはいかがでしょうか……? 城好き男子の呼称は未だ思いついておりませんが、宿題とさせていただきます。
(編集部・西村研一)










