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怪物的インプットとアウトプットの人―宮沢賢治―

「雨ニモマケズ」の本質に迫る
「雨ニモマケズ」は、今さら説明の必要もないほど人口に膾炙した作品で、全文もしくは一部を諳んじることができる人も多いはずです。しかし、賢治自身は、これほどまでに広く知られることになるとは夢想だにしなかったでしょう。この作品は、賢治の死後、愛用の手帳に書かれたものが発見されて日の目を見たものだったからです。自作には徹底的に推敲を加えた賢治でしたが、「雨ニモマケズ」にはほとんど修正の跡が見られません。発表を前提としていないメモ書きなので当然かもしれませんが、賢治がもう少し長らえていれば、さらに手が加えられていた可能性もあります。

 この高名な作品を語るときに避けて通れないのが、50年ほど前に哲学者の谷川徹三(谷川俊太郎の父)と、詩人の中村稔との間で繰り広げられた「雨ニモマケズ論争」です。「明治以後の日本人の作った凡ゆる詩の中で最高の詩であると思っています」「その精神の高さに於いてこれに比べ得る詩を私はしらないのであります」と賞賛の限りを尽くした谷川氏に対し、中村氏は「宮沢賢治のあらゆる著作の中でもっとも、とるにたらぬ作品のひとつであろうと思われる」「この作品は賢治がふと書きおとした過失のように思われる」と、まことに厳しい裁定を下しています。どちらが真実を突いているかという議論には、もはや意味はないでしょう。読む人により、また、同じ人が読んでもその時々の心情に応じて様々な意味を醸し出す作品だからです。いわば鏡のような作品と言えます。

 『サライ』7月号の宮沢賢治特集に、詩人の天沢退二郎氏による「雨ニモマケズ」の考察を掲載しています。この作品が優れているか否かという論旨ではなく、極めて客観的かつ科学的な興味深い分析であります。すなわち、この作品は彼の思想の集大成であるかのように捉えられがちだが、さにあらず。読み解く鍵は、賢治がこの詩の書き出しページに記した「11.3」という日付けにあると。これ以上書くとタネを明かすことになってしまいますので、ぜひ本誌をご覧いただければと思います。


osusume01.jpg賢治が愛用した手帳の複製。賢治のオリジナルグッズなどを販売するオンライン店「イーハショップ」で購入できる。「雨ニモマケズ」の書き出しページ上部に「11.3」の日付けが見られます。

東京で得たもの、失ったもの
 宮沢賢治は37年の生涯で東京を9回訪れており、のべ滞在日数はほぼ一年におよびました。上京の目的は多岐に渡ります。日本女子大学に通っていた妹トシの病気看病のため、または信仰していた日蓮宗系の国柱会本部を訪ねるため。あるときは原稿を出版社に持ち込むため。エスペラント語やセロを習いに通ったり、石灰肥料の営業に訪れたこともありました。

 直接の目的は異なれど、賢治が東京にこれほどまでに引き寄せられたのは、溢れる好奇心を満たせる場所だったからでしょう。当時、最先端の文化が集まっていた浅草では映画やオペラを堪能し、銀座では歌舞伎座に立ち寄り、日本橋の丸善で原稿用紙を買い求めた。その旺盛な好奇心と行動力には瞠目すべきものがあります。携帯もネットもない当時、情報を集めるためには自分の足を使うしかなく、賢治は自力で多くの知見を得たのです。猛烈な「インプットの人」でありました。

 一方、アウトプットの量も凄まじかった。本郷の菊坂は、25歳の賢治が半年余り下宿し、ひと月原稿用紙3000枚とも言われるハイペースで作品を紡いでいた場所です。私は徒歩圏に住んでいるのですが、これまでそれと知らず幾度となくその前を通り過ぎていました。当時の下宿の建物は1990年に取り壊され、現在はマンションになっています。マンション前には文京区の案内板が立ち、矢印で「(賢治の部屋があったのは)このマンションの2階付近です」と指し示していますが、現在の住民の方は観光客から数え切れないほどの視線を浴び続け、さぞかし落ち着かないことでしょう。これから訪れる方はマナーを守って静かに賢治の往時を偲んでいただければと思います。


osusume02.jpgかつて賢治の下宿があった場所。階段を上っているのは、歌人で住職の福島泰樹さん。賢治が歩いた東京をご案内いただきました。

 厖大なインプットとアウトプットを続けた賢治は、それとの引き替えであるかのように、健康を害していきます。倒れたのは他ならぬ、営業で訪れた東京の地でした。華やかで享楽的な一面もあった東京での生活でしたが、妹トシの看病といい、終始もの悲しい影がつきまといます。それは、生命は輝きながらも、まさにその瞬間瞬間において着実に自身をすり減らしていくという、当たり前だが現代人が忘れつつある真実を賢治が体現していた姿そのものだったと思います。ネットでインスタントな表面的情報だけを得てインプットをした気分になり、ブログやツイッターなる軽佻浮薄なおしゃべりでアウトプット欲を満たしている現代人は、今こそ宮沢賢治の生き方に学ぶべきだと強く思った次第です。
(編集部・西村研一)



◇◆『丸善』で宮沢賢治フェア実施中◇◆

賢治が愛用した原稿用紙など、『丸善』の文具を誌面で紹介しています。いずれも質実剛健ながら味わいある品で、多くの文豪に愛された理由がわかります。今回、撮影にご協力いただいた『丸善』の以下の店舗で、『サライ』特集記念・宮沢賢治フェアを実施しています。お近くの方はぜひお立ち寄りください。

●丸善 日本橋店 6月15日まで TEL 03・6214・2001
●丸善 盛岡川徳店 7月下旬まで TEL 019・621・8844