私は「一期一会」という言葉が好きです。人生は一度きり。いちばん大事なものは何か、大切な人は誰か。お互いが、旅先でそんな気持ちになれるようなプランを選びました。ふたりの思い出の場所を訪ね、歩んできた道程に思いを馳せる…… そんな旅を皆さんにもお薦めします。

- 審査員/榎木孝明さん
(俳優・53歳)
協賛/パナソニック、一澤信三郎帆布、セーラー万年筆、デザインフィル、全日本空輸

[1日目]
藤枝駅―東京駅―聖心女子大学―有栖川宮記念公園―新宿御苑―新宿駅―松本駅―上高地帝国ホテル前―上高地帝国ホテル(宿泊)
[2日目]
上高地帝国ホテル前―新島々駅―穂高駅―碌山美術館―大王わさび農場―穂高駅―松本駅―藤枝駅

- 私たち夫婦の出会いの場所となった、聖心女子大学に近い、有栖川宮記念公園です。
「上高地帝国ホテル」は、結婚前に四季折々、何度も訪れました。ところが、貧乏学生だった私は、彼女(その後、妻となりました)を伴ってコーヒーを飲みにホテルへ入ることさえ出来ませんでした。気品と風格に圧倒され、いつもバスの中から眺めるだけの存在でした。あれから35年。『サライ』の読者特派記者に選ばれたことにより、宿泊するチャンスに恵まれたのです。
今回のプランは、ふたりが初めて出会った聖心女子大学(東京都渋谷区)を出発点に、20才の頃のふたりの思い出の場所を巡る旅になりました。私たちはダンスパーティーで出会いましたが、会場だった「マリアンホール」は、今も昔のままの佇まいで私たちを迎えてくれました。

- 学生の頃、ふたりでよく散歩をした、新宿御苑です。
並んで記念撮影をしていると、彼女の後輩達が笑いながら、足早に通り過ぎて行きます。妻が私に言いました。
「なんだか、私も学生に戻った気分だわ」
「……(ついでに、姿形もあの頃に戻ったら?)」
「何か、言った?」
「別に何にも……(地獄耳だなぁ…)」
次に訪れた有栖川宮記念公園と新宿御苑は、ふたりでよく散歩をした場所です。東京の真ん中とは思えないほど静かな園内には、花々が咲き誇り、甘い香りが漂っていました。

- 「上高地帝国ホテル」では、メインダイニングでの夕食時に、シャンパンをいただきました。
新宿駅からは午前11時発の「あずさ13号」で、一路、松本を目指します。雨に煙る車窓の風景を眺めていると、なんだか懐かしさが込み上げてきました。当時、彼女は新宿駅を午前8時発の「あずさ2号」で、私が大学時代を過ごした松本へ来てくれました。そして、彼女を見送った松本駅のホームに、何度か「なごり雪」が舞っていたのを思い出します
……
松本駅で松本電鉄に乗り換え、新島々駅からバスで約1時間。憧れの赤い屋根が見えてきました。雨がますます激しくなってきて、バス停からホテルまで彼女の手を取って走りました。正面玄関では、市川総支配人以下、多くのスタッフの出迎えを受けて大感激。客室に案内される頃には、緊張感も最高潮に達し、笑顔は消えていました。
メインダイニングでの夕食時には、市川総支配人からシャンパンが届いて、すっかり、豪勢な気分になりました。

- わさびソフトクリームが名物の「大王わさび農場」で、記念写真。
名物のローストビーフも、評判どおりの美味しさでした。食後はバー「ホルン」に直行。水辺でもない森のホテルで、気取ってトロピカルカクテルを御注文なさいました女房殿に悪態をつきながらも(もちろん心の中だけですが)、私は年代もののグレンフィディックを「スカッチアンドソーダ」と洒落てみました。こうして優雅な夜は更けていきました。
次の日も朝から雨。お互いを「雨男」、「雨女」と呼びながら旅は続きます。再び松本に出て、大糸線で穂高に行き、雨の似合う「碌山美術館」を再訪。「大王わさび農園」では、懐かしいわさびソフトクリームを頬張りました。
この後、再び松本に戻り、いくつか思い出の場所を回って旅は終りました。
最高の旅仲間でもある妻と、20才の頃に戻って巡った「私のとっておきの旅」。心から楽しむことが出来ました。ありがとうございました。

©Disney
[1日目]
宮崎空港―羽田空港―東京ディズニーランド
シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル(宿泊)
[2日目]
東京ディズニーランドー羽田空港―宮崎空港
半年前、『サライ』で「創刊20周年記念 読者特派記者募集」の記事を見たとき、心は20年前にタイムスリップしてしまいました。20年前、体の調子が悪く、自分は癌だと思い込み、小さな子供たちや妻の将来の事を考えると、眠れない日が続いておりました。
多額の生命保険にも入り、落ち込むだけ落ち込んで、ひとり悩んでいました(あのような時は、不思議と悪い方へ、悪い方へと考えてしまうようです)。とにかく、家族に思い出だけでも残そうと考え、子供たちが行きたがっていた「東京ディズニーランド」へ家族で出掛けました。
私の思いを知らず、「東京ディズニーランド」で楽しそうに振舞う子供たちや妻を見ていると、私の心は張り裂けそうでした。後日、診察の結果、癌については私の思い込みであることがわかったのですが、そのときに悩んだことが、それからの私の人生に対する価値観を大きく変えるきっかけとなりました。
現在は、家族がそろうと「健康が一番だよね」と言いながら楽しく過ごしていますが、振り返ってみると、自分の思い込みの怖さを感じています。私と同様に、病気ではないかと思い込み、勘違いをしてひとりで落ち込んで、悪い方へ悪い方へと考え込んでしまっている人が、おられるのではないでしょうか。
20年前の私が、そうでした。
もし、そういう方がいらっしゃったら「あなたの愛する人のために、あなたを愛する人のために」、勇気を持って、すぐに病院で診察を受けてください(当時の私も、診察の結果を知ることが怖くて、病院へなかなか行けませんでしたが)。必ず道は開けていくと思います。

- 私の自慢の家族です。娘婿(左上)もわざわざ来てくれました(シェラトンにて)。
さて、『サライ』の読者特派記者に決まると、私は妻を喜ばせようと、子供たちに、
「東京に来ないか」
と声をかけました。すると、すぐに話がまとまり、宮崎県と熊本県から子供たちが来てくれました。久しぶりに家族全員が揃い、皆で20年前の出来事を思い出し、家族に対する感謝の思いが込み上げてきました。

- 娘たちが用意した、私たち夫婦の結婚30周年を祝ってくれたケーキです。
子供たちが集合することは、妻には内緒で進めていましたので、子供たちを見た時の彼女の驚きぶりは想像以上でした。子供たちを呼んでよかったと心から思いました。楽しかったですね。妻は、最後は感激して泣いてしまいましたが・・・・・・。
その時の様子はビデオに収録し、今でも時々、家族で見て楽しんでいます。
また、20年前と同じく『シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル』に宿泊しましたが、感じよくリニュアールされていて、心地よく過ごすことが出来ました。今年、私達は結婚30年目となりますが、その事を覚えてくれていた子供たち夫婦が、私たちには内緒でホテルにケーキを用意してくれるという、うれしいサプライズもありました。

- ホテルでの昼食です。撮影に慣れていませんので、どうしても表情がこわばってしまいます・・・・・・。
『サライ』の取材は、シェラトン・ホテル内と「東京ディズニーランド」の2か所で行なわれました。慣れない写真撮影に、私たちは緊張して顔が引きつってしまいましたが、神様からのプレゼントと思い、楽しませて頂きました。よい経験となりました。
時が経つのは早いもので、あれからもう3か月が過ぎようとしております。仕事に、趣味に毎日を忙しく過ごしております。20年前のあの時以来、「どうせ一度きりの人生なら、素敵な思い出を残して、精一杯、生きよう」「心が宝と思えるような生き方をしてみよう」と、家族に対しても、そのことを第一に考えてきました。あの時に苦しみを味わったからこそ見えてきたものがあり、本当に大切なものは何かを知ることが出来ました。このような素晴らしい『私のとっておきの旅』に参加させて頂き、『サライ』には感謝いたしております。またひとつ、私たち夫婦にとって、一生忘れる事の出来ない思い出が出来ました。本当にありがとうございました。
追:皆さん、宮崎県の地頭鶏(じとっこ・自然の中でのびのびと育てられた地鶏)、マンゴー、宮崎牛、兵平衛酢(へべす)、たまたま(完熟きんかん)は本当に美味しいですよ。ぜひ、宮崎県に来られて、素晴らしい自然の中で育った食材を堪能してください。JAマンとして、宮崎県のCMです(笑)。

[1日目]
新千歳空港―羽田空港―鎌倉駅―江ノ島駅 *奥西家訪問 岩本楼(宿泊)
[2日目]
片瀬東浜海岸―江ノ島駅―長谷駅―高徳院(鎌倉大仏)-長谷駅―鎌倉駅―横須賀駅―羽田空港―新千歳空港

- 右から洋画家の奥西賀男先生、奥様の雅子さん、妻の睦子、そして私です。学生時代はお世話になりました。
神奈川県の江の島を訪れたのは、今からちょうど20年前のことになります。交際を始めたばかりの頃で、ふたりとも大学生でした。札幌と東京の遠距離恋愛で、携帯電話がない頃のことですから、連絡はもっぱら深夜の電話か文通をする程度。今とは、随分と距離感がありました。
在学中に一度だけ、彼女が上京したことがあり、休日に鎌倉と江の島に日帰りで遊びに行きました。北海道出身の私たちには、湘南の海がすごく眩しく見え、どこへ行くともなく、ただブラブラしていたような印象が残っています。
あれから20年。
ひとり娘も小学生となり、そろそろ夫婦ふたりの時間が持てるようになってきました。今回の旅は、1日目は鎌倉、2日目は江の島と長谷周辺を歩き、帰りに横須賀に寄り道しました。
鎌倉では、私が大学生の頃、ふたりのお子さんの家庭教師をしていた洋画家の奥西賀男さん、鎌倉彫の奥西雅子さんご夫妻のお宅を久しぶりに訪問することができました。

- 左が洋画家の奥西賀男先生のご子息で、彫刻家の希生さん。後ろには、希生さんの作品が並んています。
気取らないご夫妻とお話をしていると、20年という時を忘れ、ついつい長居してしまいました。当時、小学生だった長男の希生さんは、その後、東京芸術大学を卒業されました。今では、彫刻家の卵として蒔絵などを修業中で、再会を果たすことができました。

- 「岩本楼」の客室から、湘南の海を眺める。残念ながら、この日は富士山は望めなかったが、海に沈む夕日を堪能できた。
残念ながら、長女の絵庭さんは不在でしたが、訪問中に電話で話すことができました。
宿泊させていただいた江の島の「岩本楼」さんは、ローマ風呂で有名な旅館です。『サライ』にも登場したことがあります。格式のある建物で、建築を見て歩くのが好きな私には、ぴったりの宿でした。晴れた日には、富士山が一望でき、また、子供連れにはうれしいプールもあります。
泳いでいる子供たちを見ていると、留守番をしている娘のことを思い出し、少しホロリとしてしまいましたが…。
翌日の午前中は、小学館の方々にご同行いただき、各所で写真を撮っていただきました。周囲の視線もあり、多少緊張しましたが、よい記念になりました。江ノ島電鉄、鎌倉大仏、そして輝く海は、昔と何ひとつ変わることなく、私たちを静かに迎えてくれました。20年を経ても、大まかな部分の記憶は蘇ってきました。
羽田空港へ戻る途中に少し遠回りをして、横須賀では記念艦「三笠」を見ました。ちょうど司馬遼太郎司馬遼太郎さんの小説『坂の上の雲』を読み終えたばかりだったので、感激ひとしおでした。
記念品としていただいたボストンバッグ(一澤信三郎帆布)、デジタルカメラ(パナソニック/ルミックスDMC-TZ7)、万年筆(セーラー万年筆/プロフェッショナルギア・スリムミニ)、トラベラーズノート(デザインフィル)は、その後も愛用しています。これらを持参して、また夫婦で旅に出たいと思います。
この度は、夫婦での旅行の機会をいただき、誠にありがとうございました。
















